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おとぎ話ツアー~もでらあとライブ

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  NolenNiu-de-Ossi&丸山研二郎 「おとぎ話ツアー2017」3月24~25日 お越しくださった皆様、そして静岡LIVEHOUSE UHUと御前崎クックハウス椿の皆様、ありがとうございました。 素晴らしい2つの会場で、自分たちも純粋に演奏を楽しむことができました。 これから5~7月の静岡市内3公演に向けて、とても幸先の良いスタートです。 詳細を決定したら、すぐにお知らせいたします。 きっと来てくださいね。    デ・オッシの音楽の詞をゆっくりと噛み締め、アレンジと音色にじっくり聴き惚れる2日間だった。 今までももちろん素晴らしいと思っていたが、もっと味わい方がわかってきた今日このごろだ。 「詩に酔う」とか「陶酔する」なんていう言い方あるが、文化として詩を嗜み、披露し、その言葉の響きを反芻し何度も噛み締めて、それぞれが自分の解釈を加えながら、味わってゆく。 そんな風に、何度も何度も聴くごとに感動が深まっていく音楽なんだな。 2日目、オープニング・アクト(O.Aには申し訳ないようなミュージシャンなのだが)として仲間であるピアニスト・よっぴーさんが出演してくれる予定だったが、諸事情により出演できなくなってしまった。 なので急きょ、よっぴーさんのバンドで歌う予定だったシンガー・柴田久美子さんが、僕の曲、デ・オッシの曲をカバーで1曲ずつ歌ってくれた。 とても嬉しかった。 しばくみさんまたやろうね~。 御前崎から静岡市内まで車で約2時間。 帰りは深夜。 ぼーっと車を走らせていると、いろいろとツアーに回っていた頃のことを思い出す。 何となくかけていたブッゲ・ヴィッセルトフトのピアノが妙に心を包んでくれた。 Bugge Wesseltoft - Singing https://www.youtube.com/watch?v=k8-LInAV3pE そして、本日はその興奮覚めやらぬなか、非常に疲れた体を引きずっての清水「もでらあと」のランチタイムコンサートでした。 共演のてづかあいさんとリハーサルを終えて、ぎりぎりに会場に着き、ドアを開けて、僕は目を疑った。 満席である。 あわててバタバタと準備をしたが、音響はトラブる...

空の灯リリース記念ライブ

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身に余るような素晴らしいステージで演奏をさせて頂いた、二日間のエマギャラリーライブ。 一日目は、ボーカルの加瀬澤彩友美(ノーザンスター)さんと。 二日目はソロでお送りしました。 ニマメ・キャンドルさんのキャンドルたちは、それだけでやさしい癒しの光を放っていた。 その沢山の光に助けられて、この二日間のライブは、より特別なものになったような気がします。 エマギャラリーさんの空間はとても気持ちがいい。 ギャラリーとしては勿論。 音の反響の仕方が何とも言えずまろやかで、音楽コンサートの会場としても、どんどんたくさんの方に知ってもらいたい場所です。 そんな話をしていたら、「丸山さんのために作ったんだよ。」とオーナーが冗談めいて言ってくださった。 その時は軽くお礼を言って流したが、じわじわと噛みしめると本当に光栄だ。 その分いい加減な演奏はできないと思う。 また素晴らしい企画が生まれますよう。 来てくださった皆様、エマギャラリーの皆様、ありがとうございました。 オーナーのお父様がライブに来てCDを買っていって下さった。 大変な趣味人だそうで、クルーザーを持っていて毎週のように釣りに出ているそうな。 音楽はというと、海の上で「鳥羽一郎」などを爆音でかけているらしい。 鳥羽一郎さんの合間に、空の灯音楽隊も爆音でかかることになろうか。 これもまた光栄のいたりである。

皆仲良くしようね

自分はかなり人の行動に対して寛容な方だと思う。 理不尽だと思うところがあっても、何かいいところを見つけるとすぐに許してしまう。 ところが、これはどうも許せない、というのがいくつかある。 1つは、コンビニなどで携帯で電話をしながら買い物するやつである。 これは結構許せん。 いや、罪を憎んで人を憎まず。「やつ」ではなくそういう行為だ。 どんな瞬間的な付き合いでも、かんたんなシステムのお店でも、他人に対する敬意を失ったら人間オシマイである。ちゃんとコミュニケーションしようぜ、と思う。 2つは、「八つ当たり」をするやつだ。 いや、「やつ」じゃなくてそういう行為だって。 当事者ではない他人を使ってストレス解消したりする。 これは結構自分もやってしまう。 結局、人のせいにして自分に向き合えないことは、本当に情けないと思う。 前者ともつながってくるが、最後には、「陰口」を叩くやつだ。 「やつ」じゃないってのに。 自分がうっかり会話の流れで調子に乗って、本人のいないところでその人の悪口を言ってしまった時には、あとで、顔が熱くなってきて足がすくんだり、ものすごくふわふわした嫌な気持ちになる。 そういうやつは…! あ、陰口叩いてるのは俺か…。だから陰口はいけないのよ。 悪口は、仏教の教えでは殺人よりも罪が重いという。 結局、その言葉がもとで人に勘違いを引き起こし、暴力に発展してしまう可能性があるからだ。 「みなさん、その時のさびしさといったら私はとても口で言えません。みなさんおわかりですか。ドッと一緒に人をあざけり笑ってそれから俄かにしいんとなった時のこのさびしさです」 宮沢賢治 カイロ団長

キャビネットの音楽

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YOUTUBEに「キャビネットの音楽」という曲集をUPしました。 ちょっと前の音源で、2009年のもの。 ある家具作家の展示の記録映像のために制作した曲のアウトテイクだ。 実際はこの倍ぐらい作曲して、結局なかなかいいものが決まらなかったが、最終的には映像を見ながらのエレキギター一本即興演奏が採用された。 僕は、静謐な映像の雰囲気に合わせて、非感情的な内容に収めようとしたんだけど、作家は「曲」ではなく感情そのものが欲しかったみたい。 で、実際それがよかったのだ。 アプローチが逆だったんだね。 とても深い勉強になった録音だった。 アウトテイクは、それはそれで気に入っているので、今更ながら、みなさんに聴いてもらおうと思ってUPしてみました。 ただし変わった音楽です。 2曲目は、実はアルバム「空の灯」のM1「もえたつもの」のモデルになりました。 キャビネットの音楽 2009年 1 intro 2 キャビネットの音楽Ⅰ 3 キャビネットの音楽Ⅱ 4 キャビネットの音楽Ⅲ 5 キャビネットの音楽Ⅳ 6 賛歌(instrumental) 7 Last 丸山研二郎 Gt.Pf.Key.quattro.Harp.Per.Voice キャビネットとはなにかというと、その作家の作品のひとつに「海の色彩をもつキャビネット」というのがあった。 その名前があまりにかっこいいので「キャビネットの音楽」と題させていただきました。

ユニット名は…?

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先日、「丸山研二郎&原口朋丈」で初めてLIVEHOUSE UHUの通常ブッキングライブに出演しました。 他の出演者を目当てに来たお客さんも、丁寧に僕達のライブを聴いてくださった。 皆様、ありがとうございました! セットリストは、 1 大爆発の歌 2 Green Sleeves 3 河の水 4 宵山 5 マザー 6 しらさぎの歌 アンコール 枯葉 1、5は、ホームレス経験者のダンスグループ「ソケリッサ!」の公演のために作ったもの。 3、6は僕のオリジナルでソロでも歌っているものを、今回太鼓と篠笛と合奏できるように改造した。 4は原口くんのオリジナルで、普段は和太鼓と笛のみで演奏しているが、僕との時はギター+篠笛になる。夏のお祭り時期の情景を歌ったようなきれいな曲。 これから、段々と出演頻度を上げていきたいと思っている。 実は、原口くんが和楽器ユニットで親善大使として海外演奏に赴く前、僕たちは同じようにディオで演奏していた。 その時は、ふたりで「つきよたけ」という名前だったのだ。 つきよたけとは、夜中に光るあやしい毒きのこの名前である。 当時はちょっと毒っぽい音も出していたのかしら。 今は、「紅葉(もみじ)」などを演奏して二人で喜んでいるので、まあ毒とは縁遠いのだ。 いつからか、バンド名・ユニット名というのをつけなくなった。 アルバム・空の灯を録音したメンバーの「空の灯音楽隊」は久しぶりに名前を付けたのだが、これはいろんな表現者に出入りしてもらいたいと思って作った“部屋”の名前なので、このメンバーが全員揃わないといけない、というものではない。 じゃあ、二人でも空の灯音楽隊でいいんじゃないの…、と思うときもあるが、流石に二人は少ないでしょ。 何人から音楽隊と呼ぶのか、定款に定めなくては。そんなものはありません。

多数決

ドラッグストアに「ウエルシア」ってありますよね。 自分も周りの人も「ウェルシア(エが小さい)」と呼んでいる。 ある時、職場の、ちょっと頼りないというか、みんなにからかわれがちな男の子がいつも「ウエルシア(エが大きい)」と言っていたので、僕と何人かで「えー、ウェルシアだよね。読み方違ってるんじゃない?」とからかっていた。 その場にいる全員が「そう、ウェルシアだよ。」と同意していたので、彼も「そうか~、ウェル(エが小さい)だったんだね。」と納得していた。 しばらくして、用事でそのドラックストアに行き、店内放送のテーマソングみたいなのを聞いていると、なんと「みんなが集まるウエルシア~♪(エが大きい)」と言っているではないか。 なんということだ。 彼ひとりが正しかったのだ。 何となく職場の中で強い発言力がないというだけで、みんなに押し込められてしまった彼の正しさ。 きっと世の中はそんなことばかりなのだろう。 少数が力なく主張する正しい意見が、間違ったことを正しいと思い込んだ大衆にバカにされ、逆に間違ったこととして葬られていくのだ。 機会があったら、彼に謝らなくては。 ウエルシアのみなさん、変な話に使ってごめんねー。

編曲作業折り返し

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静岡県郷土唱歌編曲。 やっと上巻14曲のアレンジを譜面に。 といっても、まずはこれをメンバーに見てもらい、その後、実際のアンサンブルでどうなるかを考えて行くわけだから、まだまだこれからだ。 下巻14曲はまだ手付かず。 大変だけど、編曲っていう作業は結構好きなんだな。 モチーフを引き立てるための絵画的な作業というのか、全体を空想していくというのか。 今晩のおいしい献立を考えるのにも、近いかもしれないね。 知らない間に子どもに落書きされたりしながらの、奮闘努力である。 ところで、この曲たちは戦前の静岡の情景を歌ったものだ。 郷愁を誘うような情景豊かな曲が多いが、中にはちょっとだけ、戦時中の兵隊さんや、体制についてうたった歌詞もある。 別に軍歌ではないし、戦争の良し悪しを明確にしたものではないので、そんなに深く気にするものでもないと思うが。 社会が何となく(部分的には強烈に)右傾化する今日このごろ。 何となくぎくしゃくと心に引っかかるニュースや情報とリンクする。 自分としては、古い地元の写真をめくっていくような気持ちで歌詞を読みながら、当時から脈々と続く、あるいは変化する景色と、人間の行いについて考えるきっかけになった。 結局、守らなければいけないものは、歌に描かれるような美しい自然と、こういった唱歌を朗らかに歌う子ども達だと思うのだ。 きざったらしいまとめ方でごめん。

謹慎中の話

インフルエンザにかかってしまい、自宅謹慎中である。 今日はもう大分よくなったので起きて何やらしているが、本人はよくても感染はするそうなので、仕事や人の集まるところには行けない。 いやはや、職場や、いろいろ約束をしていた方々にも迷惑をかけてしまい申し訳ないです。 皆様、体調にはお気をつけくださいね。 昨日一昨日は寝ているしかなかった。 寝ているしかないとなると、本を読むしかない。 かといって勉強するのもつらいので、物語ばかり読んでしまう。 「老人と海」ヘミングウェイ 「星の王子さま」サン=テグジュペリ 「小川未明童話集」小川未明 などというコテコテの名著ばかり読み直してしまったのだが、これが何と、不覚にもどれも涙腺に引っかかり、うるうるしながら過ごしていた。 面白いとは思っていたが、しばらくぶりに読んで、こんなに泣けるとは…(^^;)人間が変わったのかな~。 最近、大きな入所施設で、冬~春にかけて3~4ヶ月の間は外出してくれるな、と言われたという話を2件ほど聞いた。 1つは障がいの方、もうひとつはお年寄りの方で、違う施設である。 理由は、インフルエンザとノロ・ウイルスの感染を防ぐためだそうだ。 4ヶ月外出禁止! え~、それって基本的人権に反してないか?と思う一方、確かに物凄い感染力は、体の弱い人にとっては命にも関わり兼ねないので、強引な予防線を張りたくなる施設側の気持ちもわからんでもない。 とはいえ、福祉の世界のルールって、自分も将来そこに入るかもしれないと、ほんとに考えて作ってんのかな、とよく思わされる今日このごろである。

味付け

子どもを育てていて、結構大きな変化だなあと思うことは、食事の味付けが薄くなったことだ。 離乳食が終わって大人と同じものを食べるようになると、一緒くたに子どもに合わせて作ってしまうので、それを食べ続けた結果、かなり薄味でも満足できるようになった。 今やほとんど、キッチンの塩のポットが減らないのだ。 実家も、自分で作る味付けも、わりと濃いほうだったんだけどね。 すると、些細な味付けにもとても敏感になった。 ちょっとした香辛料をすごく辛く感じたり、ファーストフードに舌がビリついたりする。 特に、妙に肉の臭みを感じるようになった。 「この肉古い?」 「ううん、今日買ったのだよ。」 というような会話がしょっちゅうである。 タバコもほぼ吸わなくなったし、コーヒー・酒などの量も大幅に減った。 そして今、かなり体の調子が良い。 ミュージシャンとしては、非常につまらない人間になってしまった…。 ところで、音楽ではどうか。 流行りの音楽は、コンプレッサーで音圧をねじ上げたり、複雑なアレンジを成立させるために、周波数を強引にいじったりして、かなりナチュラルではない音に仕上げられているものが多い。 歌詞も、何となく皆が思っていることを代弁すれば、名詞だともてはやされる。 それは食事で言えば、塩分やスパイス過多、化学調味料や、見た目を良くするための添加物などがたくさん入っている状態に近いのだと思う。 そして、まるでルーツ・ミュージックを丁寧に踏襲しているかのような防腐剤を噴霧してチェーン店の店頭に並べられる。 濃い味や添加物すべてが体に悪いわけではない。 過敏になって避けすぎるのもまたストレスの元だし、主張しすぎれば人間関係を悪化させたりもするものだ。 そもそも本当に体に悪いのかどうかも、意見が別れるところである。 でも、少し意識的に、もうちょっと自然な衝動で作られた音楽を聴くようにすると、耳が俄然冴えてきて、今までよりもずっと音楽が気持ちよく体に染み込んでいくんじゃないかな。 と思うのだ。 自然な音楽って何かって? ジョン・ケージ 4分33秒 かなあ。 ごめんなさい、嘘です。 食事も音楽も、芸術の一部だと思うので、マーケティングの結果として利益のために製造された物し...

編曲の妙

今、「静岡県郷土唱歌」という戦前の古い歌本の曲たちを編曲している。 やっとすべての楽譜からコードを起こして、デモを録音した。 いやー、時間がかかったけど、ここから編曲。 頑張るぞ。 1月~2月にかけてはライブも少ないので、集中してアレンジに取り組もうと思う。 古い曲をアレンジする時は、リズムやコードの解釈をどうするのかが、とても重要になってくる。 どんな曲でも重要だけど。 童謡や唱歌を無理にジャジーにしたり、無理やり6/8にしたり、妙にハネさせたりして、強引に今風にしようとしているのがあるが、かえってお年寄りは困ってしまうし、若い人は何だかよくわかってない、ということがよくある。 あんまり単純すぎても面白みがないし、かといって作者の思いや時代背景を軽んずるような独創的すぎるアレンジも個人的には好きになれない。 曲を知らない人にも染み込みつつ、年配の人たちにもノスタルジーを感じてもらえるようでなくてはならない。 その辺のさじ加減が難しい。 大体、ミュージシャン同士の会話でもそういう話はよくあるのだが、最終的には、 「結局さあ、かっこよくないと何やってもダメなんだよね。」 「そう、かっこよければいいんだよ。」 「うん…、かっこよければね。」 というところに行き着くのだ。 音楽家というのは、具体性のない生き物である。