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WS

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長らくブログを更新しておりませんでした。 ■ワークショップ 夏に子ども向けの歌詞づくりのワークショップをさせていただいた。 午前中にグループワークで子どもたちが作った歌詞4編に、子どもたちが午後、他のWSに参加している間に曲をつけて発表するというもの。 時間制限のある即興作曲で、なかなか過酷だったけど、とても個性的な曲たちが誕生しました。 アーカイブしてあります。ぜひ聞いてみてくださいね。 https://www.youtube.com/watch?v=v4_wH4GHYo4

おとぎばなしの夜・番外編

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デ・オッシ+丸山研二郎の演奏会。 今回は清水区の麦とろ飯のお店、大変個性的な空間「丸子亭」にて「おとぎばなしの夜・番外編」と題して、 T2オーディオ主催のイベントとして開催させていただきました。 お座敷ライブは久々。 終始あたたかい雰囲気でよい時間を作ることができたと思います。 デ・オッシの二人は温めていた新曲を披露し、僕のオリジナル曲「春の調べ」にもアンサンブルをつけてきてくれた。 最近特に、バッチリはまっていくというか、単なるコラボではなく一つの空間を作っていけるようになってきたと思う。 多分二人の音楽表現としてはもちろん、ステージ内外での所作振る舞いにも未熟な自分はたくさん助けられている部分があると思って、感謝感謝なのであった。 何よりも、支えてくれるお客様の期待のエネルギーがあってこそ。 今回、何やら身辺の忙しさから、僕は少しミストーンも多く必ずしも満足のいくステージではなかったが(ムラのあるところ反省…)、それ以上にあたたかい気持ちになった夜だった。 そしてまたこちらの名物とろろご飯がなんたる美味。 マスターである伝説の歌手、現在は民謡の師匠である、坂越さん(海道はじめ)さんとの出会いも嬉しかった。 おとぎばなしシリーズは次回は9月に大阪・雲州堂へ遠征、11月にもう一度静岡UHUで企画中です。 これからも乞うご期待です。 ありがとうございました!

無意識

段々と春めいてきた今日このごろである。 美しいお月さまを見ると、呆然と立ち尽くしてしまう。 最近ふと思うこと。 ものごとを良くしていく人と、 そうでない人がいる。 日頃の行いにかかわらず、なぜかうまくいって周りも幸せにしてしまう人。 一生懸命頑張っているように見えるのに、なぜかマイナスの結果を出してしまう人。 前世からの因縁というやつだろうか。 表面的な行いとは関係のない、優しさや祈りの質量が結果を決めていくのだろうか。 心の8割以上は無意識でできているそうだ。 どんなに優しい気持ちを持って人のために行動しているつもりでも、8割の気が付かない中に相手を蔑んだり、自分だけがいい思いをしたいという気持ちが沢山あったら、きっとどこかで周りに見透かされてしまい、良い結果は得られないのだろう。 3歳の子供と生活をしていて、今、この日々をこの子はほとんど忘れてしまうんだろうなと思う。 確かに、記憶として今までの人生をどのくらい覚えているかというと、ほんの場面場面なものだ。 でも確実に親が行った不道徳、嘘、不誠実はその無意識に影響していくのだろう。 もちろん良い行いも同じである。 大切にしたいと思う。

2019始まっております

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全国的に寒い日が続いている。 静岡は暖かいほうでありがたい限りだ。 あけましておめでとうの投稿をしようと思って、もう1ヶ月半が経ってしまった。 時々このブログを覗いてくれている方、ごめんなさい。 最近はSNSでライブのお知らせを発信するばかりで、なかなか自分の考えなどを文章化する機会を失っていた。 年末にとても嬉しいことがあった。 なんと4本ものギターがうちにやってきたのだ。 (1本はミニギターで写真には写っていない) とある結婚式の余興演奏で、初めて会う方と合奏することになり、練習のために友人と一緒にお宅に伺った。 その方のご主人は、趣味でギターを弾いていたが今はもう殆ど弾いていないらしく、僕が演奏するのを見ていたく気に入ってくださったようだった。 うちにもこんなのがあるんですよー、という感じで自分のギターを出して見せてくれたのだが、帰りがけに、これみんな持って行ってください、と言ってあろうことか僕に全部くださったのだ。 僕は耳を疑った。 プロ仕様と言っても過言ではないほどの高価な楽器である。 その時の感情は書き表しきれないが、もうペコペコしてしまったのは事実である。 また数本のギターを持って帰宅した僕を見て、妻はあらまあどうしましょと当惑するやら、お返しどうするの!と半分怒るやら、大変なことになったのであった。 そしてこうした人の真心に恥じない演奏ができるように、とにかく精進しようと心に誓った出来事であった。 僕はアコースティック、エレキ、12弦などなど特殊な楽器も含めて10本ほどギターを持っている。 実はその中で自分で買ったギターは殆ど無い。 不思議なことに、誰かがくださったり、無期限で貸してくださったり、必要なものが自然と回ってくるのだ。 変に自慢すると罰が当たるかと思って今まで書かなかったのだが、いろいろな方に胸いっぱいの感謝を表現したく、こうやって書いてみることにしたのである。 ありがとうございます。 ポロポロといろいろな種類のギターを弾いていると、表現の幅が広がっていくようでとても嬉しい。

2018年ありがとう

雲の間に、明るい星が瞬いていた。 寒さの中に清々しさを感じる瞬間である。 今年いっぱいの仕事が終わり、大掃除を終え、まるで時間といろいろな用事の塊にしがみついて、振り落とされないようにこの大晦日にやってきた、という感じだ。 音楽の方では、ライブや、様々に遣っていただいた企画に足を運んでくださった皆様、関係者の皆様、そして仲間や友人たち、今年も本当にありがとうございました。 月並みだが、来年もますます精進して、そして家族の絆や仕事とのバランスを大切にしながら歩んでいきたいと思います。 来年もどうぞよろしくお願いいたします。

おとぎ話の夜 2018年12月

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NolenNiu-de-Ossi/丸山研二郎&原口朋丈「おとぎ話の夜」には、たくさんの方がお越し下さいました。 ありがとうございました。 LPレコードを発表させていただいた前回から半年。 素晴らしい先輩、デ・オッシも前に進んでいて力強く、僕たちも僭越ながらちょっと新しいものを聴いてもらうことができた。 少し風刺的な意味合いを込めた新曲「魚」と、先日の投稿でも書いた、娘と一緒に作った「ホーさん」という曲。 どちらも好評を頂いて嬉しかった。 デ・オッシのふたりは、最近はその前進であるバンド「まほろば楽座」時代の曲を再アレンジすることに力を入れている。 僕も当時の音源をいくつか聞かせてもらっているが、4人いたバンドの頃より、今ふたりが演奏するアレンジのほうがむしろ厚みがあって表現に富んでいて面白い! もちろん、当時のものも素晴らしいのだけど。 ミュージシャンの中には、ベースが入ればサウンドに厚みが出る、ドラムがいるからリズムキープできる、人数が多いほうが複雑なことができる、などなどと思いこんでいる人が意外とたくさんいる。 実は本当はみんな逆なのだ。 逆といえば極端だが、低音が加われば、上モノは高音を意識して担当しなければならず、リズムを打楽器に頼れば頼るほど、打楽器奏者はそちらに専念しなければならず、感情表現としての打楽器の魅力は失われてしまう。 いかに手数を減らすかがバンドの仕事なのだ。 デ・オッシサウンドは数々のアンサンブルの障壁を見事にクリアしている。その努力たるや同業者としては、ちょっと、いや~、まじですか…、すげー、という感じなのだ(どういう感じなのだ?)。 ややもすればクソダサいアレンジになってしまう、和楽器と洋楽器という組み合わせ。 ピアノとギターという、ありふれたようで実は難しいとされているアンサンブル(担当する音域が近いので、下手同士がやるとぐちゃぐちゃになってしまう)。 そこで一番大事になってくるのが、いかに最小で最大を伝えるかということ。 鳴っていない音を、鳴っているかのようにイメージさせる、情緒的なアレンジの技術だ。 和楽器と洋楽器、民族音楽とポップス、動と静、古い言葉と新しい言葉、など相反するものが同時にぐちゃっと丸まっているこのイベント。 一見、打ち消し合うかの...

ホーさん

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3才の娘が食事中に急に振り返って何やら話をしているので、だれと話してるの?と聞くと、 ベルギルスのタンドコのお肉屋さんのホーさん と話していたのだそうだ。 きっとベルギルスという星のタンドコという国から、異次元を通って地球にやってきたのだ。 娘いわく、最近はタンドコからバロギリというところに引っ越したらしい(笑 おもしろいのでホーさんの歌を一緒に作りました。 これはイメージ画。 ホーさん ベルギルスのタンドコの お肉屋さんのホーさんは バロギリに引っ越して 今でもお店をしているよ 一日楽しいことができる ホーさんだよ 寝るとき一日を振り返る ホーさんだよ

次代に残したい静岡の歌WS

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少し前ですが、静岡大学が行っている「アートマネジメント人材育成のための100のワークショップ」の講師を務めました。 CD「静岡県郷土唱歌」の仕事が評価され…というとおこがましいが、そんなからみでお声掛くださったわけです。講師なんてとんでもない、こちらが勉強をさせていただいたという次第。 ワークショップは「次代に残したい静岡の歌」というテーマで受講生の皆さんにグループで作詞をしてもらい、それに僕が歌をつけ、録音をする、というもの。 まずはリズム遊びから始めて、静岡に関する連想ゲームのようなコール&レスポンスをする。 もう一つ鉄道唱歌のメロディを使って「連歌」のように相手の詞と物語をつなげていく遊びを、ゆっくりと言葉を発想するエクササイズとした。 もちろん、皆さん普段はアート・デザイン、そしてそれを取り巻くお仕事に関わっている方々。作詞などお手の物かもしれない。 でも、以上のような遊びを通じて、リズムという制約の中での自己表現と、それを受容する気持ち、相手の物語を受け継ぎつつ、自分なりのウィットを加えていく、という思いやりの姿勢をもう一度体感したかった。 そして、恐ろしいほどに熱心な皆さんは、すばらしい詞をひねり出してくれた。 ここに5曲の静岡のための歌が完成したわけです。 【受講者による新静岡唱歌】敬称略 *「しずおかのひと」 (作詞:白鳥、本間、高岡  作曲:丸山研二郎) *「だもんで だいすき しずおかじん」(作詞:高橋、深野、牧野  作曲:丸山研二郎)  *「めぐる風 〜いとしき街と季節〜」(作詞:大塚、藤井、阿部、白井  作曲:丸山研二郎)  *「この街」(作詞:高島、板倉、山本  作曲:丸山研二郎)  *「はるかな三保」(作詞:柴田、飯塚、伊東  作曲:丸山研二郎) さあ、どんな歌かは、とりあえず受講した方々と関係者のみのお楽しみということで。 いずれ何かの機会に皆様のお耳に触れることもあるかもしれない、と期待しつつ。 新しい経験と出会い、素敵な歌をありがとうございました。 またどこかでお会いしましょうね~。 静岡大学アートマネジメントのウェブサイトで当日の模様をブログにしてくれたみたいです。こちらもよかったら見...

10枚!

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衝撃を受けた10枚のアルバム。 というのを音楽仲間がブログに書いていて、コメントをしたりしていたら、なんとなくこちらの方に回ってきたので考えてみた。 一枚一枚よい音楽を紹介していくのは大好きだが、10枚を選ぶとなるとこれは難しい。 そもそも「衝撃」とはどんな気持ち??というところから始まるのだ。 今まで歌謡曲しか知らないところに、初めてジャズを聞いた、とか、初めてアフリカのなんとか族の音楽を聞いた、という時のように、少年の頃に新しいジャンルの音楽を聴いて、なんじゃこりゃ!どういうふうに聴いたらいいの!?という感情は確かに衝撃であった。 しかし今となっては、さすがにその種の衝撃はやってこない。 なので、そういった気持ちも含め、影響を受けた、気持ちを救われた、とにかくそればっかり聴いた、などなど、いろいろな意味で思い出に残っているアルバムを選んでみたい。 なんだかエラソーだが、どれも愛すべきいい音楽なので、もしご存じないものがあれば聴いてみてほしいと思う。 1 シベリウス 交響曲第2番 https://www.youtube.com/watch?v=y4UJqOQ0x4s 子供の頃、父親と一緒によく聴いた。僕の音楽の原体験。 第4楽章のクライマックスに行くまで、ハラハラとしながら聴いたものだった。 クラシック好きの人に話すと「ああ、あれね。」と鼻で笑われてしまうぐらい、その世界では有名な曲だ。記憶にある限り、僕の音楽に対する「感動」はここから始まったと思う。 2 Duke Ellington & John Coltrane https://www.youtube.com/watch?v=m2agjcTUgF8 中学生ぐらいのころ、家の捨ててしまうようなガラクタの中に一本のタイトルのないテープがあった。何が入ってるのかな?と何気なくかけてみたところ、いかにも不思議な音楽が流れてきた。 「ジャズ」という言葉すら知らなかった僕は、そもそもこのテープの中に入っているモノは「音楽」なのかしら?と思いながら、なぜか何度も何度も聴いた。 ちょうどその時、ごろごろしながら読んでいた漫画「銀河鉄道999」の世界観と妙にマッチしたのを覚えている。 それがこの有名なアルバムだと知ったのは、成人してからだ。 ジャ...

DNA

SNSの動画で、DNA鑑定をして、その人の何代も何十代も前の先祖がどこに暮らしていたかを解明するというのを見た。 遡ると、本人は思いもしない遠い外国の血が混じっていたりする。 何% 何人 何% 何人 … … というような感じでデータが出るらしい。 ある人が普段から「何となく〇〇(国の名前)の人って苦手」と思っていたら、その国にかつて支配を受けていた民族の血が入っていた…、とか。 本当かな? と、思うが、無意識にDNAが持っている情報が影響するのだろう。 今生で得た知識や体験以外に、自分の考え方を左右するものがあるということは、とても不思議だ。 ところで、 僕は、ミャンマーのサウンという竪琴を使った歌と、ちょっと離れてフィンランドの民族音楽のメロディが妙に好きだ。 世界中の音楽を等しく大好きなつもりなのだが、なんというかグッと来かたが違うのだ。 日本の民謡だと、奄美の音楽が妙に好き。 懐かしい感じがするんだね。 僕は何%かミャンマー人で、何%かフィンランド人で、何%か奄美人なのだろうか。 祖母が、うちは平家の血だよ、と言っていた。 ほんとかどうか知らないが。 奄美には平家の落人が流れていったらしい。 意外とあたっているのかもしれない。