2017年1月27日金曜日

味付け

子どもを育てていて、結構大きな変化だなあと思うことは、食事の味付けが薄くなったことだ。

離乳食が終わって大人と同じものを食べるようになると、一緒くたに子どもに合わせて作ってしまうので、それを食べ続けた結果、かなり薄味でも満足できるようになった。

今やほとんど、キッチンの塩のポットが減らないのだ。

実家も、自分で作る味付けも、わりと濃いほうだったんだけどね。


すると、些細な味付けにもとても敏感になった。

ちょっとした香辛料をすごく辛く感じたり、ファーストフードに舌がビリついたりする。


特に、妙に肉の臭みを感じるようになった。

「この肉古い?」

「ううん、今日買ったのだよ。」

というような会話がしょっちゅうである。


タバコもほぼ吸わなくなったし、コーヒー・酒などの量も大幅に減った。

そして今、かなり体の調子が良い。


ミュージシャンとしては、非常につまらない人間になってしまった…。



ところで、音楽ではどうか。

流行りの音楽は、コンプレッサーで音圧をねじ上げたり、複雑なアレンジを成立させるために、周波数を強引にいじったりして、かなりナチュラルではない音に仕上げられているものが多い。

歌詞も、何となく皆が思っていることを代弁すれば、名詞だともてはやされる。

それは食事で言えば、塩分やスパイス過多、化学調味料や、見た目を良くするための添加物などがたくさん入っている状態に近いのだと思う。

そして、まるでルーツ・ミュージックを丁寧に踏襲しているかのような防腐剤を噴霧してチェーン店の店頭に並べられる。


濃い味や添加物すべてが体に悪いわけではない。

過敏になって避けすぎるのもまたストレスの元だし、主張しすぎれば人間関係を悪化させたりもするものだ。

そもそも本当に体に悪いのかどうかも、意見が別れるところである。


でも、少し意識的に、もうちょっと自然な衝動で作られた音楽を聴くようにすると、耳が俄然冴えてきて、今までよりもずっと音楽が気持ちよく体に染み込んでいくんじゃないかな。

と思うのだ。


自然な音楽って何かって?

ジョン・ケージ 4分33秒 かなあ。

ごめんなさい、嘘です。


食事も音楽も、芸術の一部だと思うので、マーケティングの結果として利益のために製造された物しか選択できないのは、何にしろさびしいのだな。

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